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JLF選書創刊記念座談会

高橋 宏志 理事長 −高橋 宏志(理事長) この3月にJLF選書の第1弾として、古賀正義先生、大野正男先生の論文を出させていただき、解題をそれぞれ、萩原金美先生、吉川精一先生に書いていただきました。古典的な名著を若い世代の法律家あるいはその卵にも読んでいただきたいという思いで取り組みました。那須弘平先生を選考委員長として、今後も選書を続刊していく予定でございますが、記念すべき第1回作を古賀先生、大野先生に快くお許しいただきまして、まことにありがたく思っております。
 本日は、今回の企画を発案された財団の庭山専務理事、那須委員長と共に、こうして甦った「講座・現代の弁護士」をめぐるお話をお伺いしたく、古賀先生、大野先生、萩原先生、吉川先生にお集まりいただきました。編集を担当した財団の甲斐弁護士と版元である日本評論社の串崎社長にもご参加いただきます。


「講座・現代の弁護士」の生い立ち

古賀 正義 氏

−庭山 正一郎(専務理事)それでは、まず、古賀先生から「講座・現代の弁護士」の生い立ちについてお聞かせいただけますでしょうか。
−古賀 正義(弁護士) 日本評論社に林勝郎さんという「法学セミナー」の編集長をやった方がいらっしゃいましてね。そのあと出版部長などおやりになったのかな。
 それで、ある晩、新宿の飲み屋で林さんと飲みまして、そのときに、我々のグループでこうこういう本を計画している、ひとつ日評から出してくれませんかと。即座にまとまりまして、それではやろうということになって、OKが出たということはすぐみんなに伝えました。もう既にある程度みんなが書き始めていたころかもしれません。
−大野 明子(弁護士・故大野正男弁護士夫人) 私が記憶にありますことは、ちょうどこの講座の発行の頃、東大裁判や安保問題などをめぐって弁護士の法廷活動の限界や弁護士会の自治能力などが問題になっていました。そこで主として戦後に司法研修所を卒業した弁護士の方たちが中心になって、問題点をテーマごとに分担執筆したとのことでした。執筆の前に熱海でなされた討論会は本当に激しくて、夜を徹して盛り上がったと聞いています。大野も帰ってきたのは翌日でした。
−吉川 精一(弁護士)当時のバックグラウンドを補足しますと、古賀先生、大野先生をはじめ、石井成一先生とか釘澤一郎先生などという、後に弁護士会を背負って立つような大物になられた方々が当時はまだ若手で、非常に改革精神に満ちて、みんなで団結してやっていこうというのがあって、よく一緒に集まって飲んだり話したりされていたんです。
 そのころの弁護士は、人数も少なかったこともあって、かなりまだ牧歌的な時代でして、古賀先生や古賀先生と仲のよかった先生方が「弁護士は高等遊民だ」と、要するに、仕事を一生懸命するよりは遊民であった方がリベラルな考え方が生まれるんだということを一生懸命言っておられたのをよく覚えています。だから、そういう雰囲気の中でこの考え方ができてきたと。
 もちろん、対裁判所あるいは青年法律家協会の問題とかというのもありましたけれども、弁護士の内部でも、弁護士制度をもっと違ったものにしていかなきゃいけないという改革派的な考え方があって、この講座を作ろうじゃないかという雰囲気になったんじゃないかなと思うんです。
−串崎 浩(日本評論社社長) さきほど、講座を担当された林勝郎さんのお話がありました。林さんが在職されていたのは私が入社するずっと以前で、企画の経緯はよくわかりませんでした。そこで当時を知っている弊社元社長の大石進氏に「この講座は、当時はどういう経緯で刊行されたのですか」と聞いたところ、「当時はそういう時代だったんだ」という話でした。古賀先生がいみじくもおっしゃったとおり、「本を出そう」と企画すると、実現したというだけでなく、志の高い内容の本の刊行が実現できた時代だったという意味ではないかと思います。今よりはずっと「いい時代」だったようです。
大野 明子 氏  そのような時代とはいえ、1970年代初めに「弁護士のあり方」についてこれだけ多くの方が質の高い論文を書かれていたということ自体が驚きです。しかも、最初の巻の刊行から4巻完結まで、わずか6 ヶ月です。それでも最後に刊行された巻には、「刊行に間が空いて申し訳ない」という趣旨のお詫びが書いてあります。今の時代でしたら、4巻ですと完結までに早く場合でも最低1年はかかります。それと当時は、今よりも編集作業にかなりの時間を要したでしょうから、このことだけをみても、執筆者の先生方が相当の熱意を持って、短時間で完成度の高い原稿を書かれた、ということを証明しているのではないかと思います。
−大野 あのころの弁護士は、みんな燃えてたんじゃないかと。
−古賀 それはありますね。萩原さんの解題では、「この企画は弁護士の仕事としては空前絶後である」という表現を使って、しかし、「空前」とはよく言われるんですが、「絶後」にはしてもらいたくないな。


解題を執筆して

萩原 金美 氏

−庭山 大野論文について解題をお書きいただいた萩原先生、ご感想からいかがでしょうか。
−萩原 金美(弁護士) 庭山先生から突然、解説を書いてくれないかという話があって、おだてられて引き受けてしまったんです。
 ところが、引き受けてあらためて論文を読んで、そして、それに関連していろんなことを調べてみると、おもしろくなってきて、いい仕事を与えていただいてありがたいと思っていますというのが本音なんです。あれは読者にとってプラスになる解説かどうかわかりませんが、まあ、私としては一生懸命やったつもりなんです。
−大野 この本を何人かの方にお送りしたら「解説がいい」 と。
−古賀 当然だと思いますね。僕のも、吉川さんの解説は非常に評判がいいんです。
−吉川 いや、とんでもないです。そもそも、庭山先生からこの話があったときに、本当に迷ったというか、無理じゃないかなと思ったんですけど、逆に、僕じゃなきゃ書けないところもあるかなあと思ったんです。
 古賀先生の腰巾着みたいにくっついて歩ってたし、そばで古賀先生のものすごい読書家ぶりをよく見ていたもんだから、それをぜひ世の中の人に知ってもらいたいなという思いはありました。それは僕以外の人は知らない。事務所の弁護士でも若い人は、すごかった古賀先生の読書力というのをたぶん知らない。だいたい古賀先生が持っていたのは何百ページの洋書なんです。それを持ってうちへ帰って、「週末にディケンズを500ページ読んだ」とか、そういう話なんです。どうもあんまり弁護士の実務と関係ない本ばかり読んでおられるけれども、とにかくその読書力というか、知性というか、そういうものは本当にすごい人だなというのがあったもんですから、それを少しでも世の中の人に知ってもらうためには、僕が書かなきゃいかんかなと思ったんです。
 だけど、それ以外に何書いたらいいんだろうというのがありまして、それで非常に困っちゃったわけです。今の弁護士を見ていると、古賀先生や大野先生が理想とされていたときの弁護士とはまるで違う世界があります。
 いまや欧米では「弁護士のマネーランキング」なんていうのがあって、○ ○ 事務所のパートナーは1年間に何百万ドル稼いで、今年はトップであると、100番ぐらいまで弁護士事務所や弁護士の名前が出て、一番もうけたのから100番目までランキングがある。そういう僕らが弁護士を始めたころにはおよそ考えられないようなことが世の中で起こっている。そういうものがじわりじわりと日本の若手の弁護士にも浸透してきつつあるようなところを目の当たりにして、やっぱり古賀先生の論文は読んでもらうし、それから、その古賀先生の論文が今の我々弁護士の問題を考える上でどういう意味をもつのかというあたりを僕なりになんか書いたらいいのかなあというようなことで書かせてもらったんです。
−庭山 吉川先生の解題は、古賀先生の書かれていることについての解説にとどまらず、吉川先生なりに一歩踏み込んだ考察を後半で展開していらっしゃいますね。ここらへんについて、もう少しここを強調しようかところがもしございましたら。
日本弁護士史の基本的諸問題 職業史としての弁護士および弁護士団体の歴史 −吉川 たまたま私、最近、日評さんから『英国の弁護士制度』(2011年2月)という本を出していただいて、多少勉強はしましたが、さっきちょっと申し上げたような、弁護士のものすごい変貌ぶりに驚くと同時に、私はもともと、昔の伝統的な弁護士というイメージを頭にもってずうっと今までやってきた人間なので、非常に懸念をもってみているんです。
 そういう文脈の中で、弁護士人口問題に関しては、まさに古賀理論が適用できる部分で、司法改革のときは本当にそのときのムードでなんとか弁護士を増やさなければいけないというそういう期待と一種の義務感みたいなもので、それが制度になっちゃったわけです。
 ちょうど古賀論文が論じている日本資本主義の発展の弱みみたいなものと、今の日本の弁護士の数が少ないということとの関連性みたいなものを、もう一度考え直して人口問題も考えなきゃいけないんじゃないかということにちょうど思い当たったものですから、まず若干触れさせていただきました。
吉川 精一 氏  それから、日本の弁護士の守備範囲が狭いというようなことも、まさに古賀先生の論文から来ているところで、たまたま昔から私、独禁法に興味があって、多少勉強してきて、独禁法の公取と元の通産省の葛藤について、これは英語で、あるアメリカの雑誌に発表したことがあるんですけれども、要するに、公取というのは常に通産省の後塵を拝するというか、そういう立場にあった。これは特にアメリカあたりと比べてみるともう歴然としていて、日本では独禁法をやる弁護士なんていうのは、ほとんど誰もいなかった。やっと国際化の進展に伴って、今になって20 〜 30人ぐらいは独禁法専門の弁護士が出てきたというところで、欧米とは違う状況だなというあたりも、ちょっと書かせてもらいました。


引き継がれる精神

−庭山 さきほど古賀先生からお話が出ました、萩原先生が解題の最初に触れておられます『変革の中の弁護士』(上下2巻、1992・1993年、有斐閣)の巻頭論文をお書きになられたのが、今回の選書の選定委員長をお願いした那須弘平先生です。那須先生から、「講座・現代の弁護士」と「変革の中の弁護士」とのつながりみたいなものを、ご自分の体験・ご記憶をお話しいただければ。
「講座・現代の弁護士」第1巻(1970年) −那須 弘平(選書選考委員長・弁護士) 私が弁護士になったのは昭和44年です。「講座」が出たのが昭和45年、弁護士になって丸1年たったころにこの本が出たのですが、この本が出た直後は、私は、あまり関心がなかった。渉外事務所に勤めていたので、そちらのほうまで手が回らなかった。昭和46年に独立しまして、群馬に住んで、群馬の法律専門学校の校長をやりながら東京の事務所へ来るようになった。一人で事務所を持ってみますと、弁護士というのはどんな職業かとか、社会的にどういう意義があるのだろうかなどと考えるようになった。ところが、適切な文献もなく、教えてくれる先生もいない。そのときに一番頼りになったのがこの「講座・現代の弁護士」4巻本でした。
那須 弘平 委員長  私にとっては弁護士のお師匠さんが「講座・現代の弁護士」であったともいえる。そういう意味で、これは非常に思い入れのある本です。
 平成4年と5年に「変革の中の弁護士」を有斐閣から出すことになりました。これを作るきっかけは、大野正男先生の助言でした。小山稔弁護士と私とに、そういう本を出してみないかというお話をいただきました。当時、司法試験改革問題が非常にシビアに議論をされている時期でした。一度、大野先生のお宅におじゃまして、明子先生も確かご一緒されたと思いますが、ごちそうになりながら話をうかがって、「じゃあやろうか」というようなことで始めた記憶があります。
 「変革の中の弁護士」を書くときの合言葉は、「『講座・現代の弁護士』に匹敵するようなもの」ということだったのですが、ふたを開けてみますと、巻数からして上下2巻と「講座」の半分に減り、作る時間も、上巻が出てから下巻が出るまで2年間かかりました。何事によらず「講座・現代の弁護士」のところまではとても及ばなかったといってよいでしょう。
 庭山先生にもその本の中で「法の支配」を書いていただきました。最近になって「法の支配」というのはだいぶあれになったけど、当時は違っていた。「法の支配」というと目を三角にする人たちもいたりなんかして、けっこう大変だったと思います。しかし、今から考えると、庭山先生にこの論文を書いてもらってよかったなあと思っております。


編集・制作を担当して

−吉川 僕は庭山先生が、特に古賀論文と大野論文をこうやって復刻出版するというアイデアをおもちになったのは本当にすごいことだなと思って感心しているんです。というのは、今どき、こういう論文読みませんよね。
大野 明子 氏  今回のこれ、ものすごくいい装丁の本になっていますけど、そういうアイデアをおもちになったことに私は非常に敬意を表します。
−大野 私もびっくりしました。原本は家でもホコリをかぶっていたんです。4冊あるにはあるけれど、少し立派すぎますね。でも、今回の選書くらいの厚さになると、電車でも読めますので、本当にお礼を申し上げます。
串崎 浩 氏 −庭山 装丁については、日評の中でも一番これはというときに起用されるデザイナーをご紹介いただいて、「選書」としての統一感を出すために、デザインを今後使うものは全部同じデザインでやっていくという前提でお願いしました。例えば今後、別の出版社から別の著書を復刻していただくときにも、「選書」として全体としての統一感を保って作っていこうということで、特にデザインにはだいぶ注文もつけさせていただいた。
 法務研究財団の“JLF”(Japan Law Foundation)というマークがありますね。この三文字を分解していろいろとコンピューターで操作をしたのがデザインの地の部分なんです。よくよく見ると判るのですが… デザイナーの方のオリジナルでこの「JLF選書」の意味が出てくるというデザインをしていただきました。
古賀 正義 氏 −串崎 一言だけよろしいでしょうか。今回の2冊は、原本「講座・現代の弁護士」の論文を原稿に、印刷所で手入力しました。この校正を、退職された70歳の元編集者の方にお願いしました。校正刷りをお渡しすると「僕が新入社員の年に最初にかかわった本は、この講座だった」と感激され、予定よりも早く作業をしてくれました。時代を超えた縁にも支えられて、無事予定どおり刊行できました。


若き法曹へ

−庭山 皆さま最後にひとことずつでもここでぜひ、若い方に何かこの本をめぐってメッセージがあれば、おっしゃっていただけますか。
−吉川 僕はもうさっき言ったとおりで、現在の弁護士の状況を考える上では、やっぱりこういう歴史を知るということが非常に大事だと思いますし、その上で、いい方向に改革なり職業の変化なりが起こっているのかどうなのか、また、どういうふうにすれば一番いいのかということを考える上でも、ぜひこういった本は若い人には読んでもらいたいなと思いますね。
−萩原 大野さんや古賀さんの言っていることを今の現代の社会の問題を考えるために架橋できるわけです。僕は、そういう自分たちの時代に即した読み方、そして使い方を若い人にやっていただきたいなという気がします。
−大野 私は、これを読んで、この時代は今よりよかったと思います。いまの若い司法の方は本当に気の毒です。こういうふうに夢を追うような、理想を説くような、それどころじゃなさそうです。司法制度改革審議会では、こんなに弁護士人口を増やしたらどうなるかということをなぜ誰も考えなかったのかと。その人にたちこそ、「講座・現代の弁護士」を読んでもらいたかったと思います。
庭山 正一郎 専務理事 −古賀 僕は、やはり今のお若い世代の人たちが、ぜひ「講座・現代の弁護士」あるいは「変革の中の弁護士」みたいな作業を引き継いでやっていただきたいと思います。

−庭山 良書は数十年に一度復刻されれば、次世代につながります。今後の復刻企画にも皆様のご協力をよろしくお願いします。
 本日はありがとうございました。

(東京・日比谷松本楼にて)
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(2013.10.21発行)


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