2004年の法学既修者試験は5月16日(日)に実施しましたが、受験者からのご要望により「講評」を掲載することといたしました。
未掲載の科目に関しても順次掲載いたします。
試験問題の解説につきましては『2005年法学検定試験2級・法学既修者試験過去問集』(2004年11月刊行予定)に収録いたしますのでご参照下さい。
■民法
受験者は4419人であり、平均点は10点満点で4.2点と、昨年度を0.5ポイント下まわった。正解率についても、50%を上まわっているのは問題2、7、8の3問(昨年度は5問)であり、正答率が3分の1を切ったのは、問題1と10の2問(昨年は1問)であった。ここからは、昨年度より、今年度の方が問題の難易度がやや上昇していることを推測させるが、他方、満点者の割合は1.3%と昨年度の0.9%を上まわっているので、上位者にとってはそうではなかったことをうかがわせる。また、点数別分布では、2点をピークとして、満点の10点まで斜めにほぼまっすぐな直線(昨年度は、4点を頂点としたきれいな山型)になっており、昨年度に比べて受験生の幅が広がっていることを推測させる結果となっている。
以下、正解率の低かったいくつかの問題について取り上げる。
正答率が13.3%と極端に低かったのが問題1である。ともに誤りの選択肢である選択肢イと選択肢ウの組み合わせからなる3を回答した者が39%もいた。選択肢アは、補助人が選任されても、補助人に同意権が付与されない限り、被補助者は行為能力の制限を受けない(民法16条1項参照)ので誤り。選択肢イは、補助開始の審判は、代理権付与の審判または同意権付与の審判とともになす必要があるとされているが(民法14条3項)、本肢ではいずれの審判の請求もなされていないので、補助開始の審判をなすことができない。したがって、誤り。選択肢ウは、後見人が、本人所有でかつ居住する建物を処分するには、後見監督人の許可ではなく、家庭裁判所の許可を得なければならないとされている(民法859条の3)ので誤り。成年後見制度は比較的最近の民法改正で創設されたものであるが、重要な制度なので各類型の要件、効果の違いをきちんと理解しておこう。その場合、総則の人の部分だけではなく、親族の後見、保佐及び補助の部分も併せて学習しておくことが肝要である。
2番目に正答率が低かったのが、問題10であり、32.8%であった。正解は選択肢イと選択肢エの組み合わせからなる3であるが、選択肢イと選択肢オの組み合わせからなる4を選んだ者の方が52.8%と過半数を超えていた。結局、選択肢エと選択肢オのいずれが適切で、いずれか不適切の判断の問題になる。選択肢エは、判例は転借人の過失を履行補助者の過失と同様に扱っている(大判昭和4年3月30日民集8巻363頁)ので適切である。選択肢オは、運転者が運行にあたり当然に負う通常の注意義務は雇用者が被用者に対して負うべき安全配慮義務の内容に含まれず、運転者の固有の義務違反にすぎないとするのが判例(最判昭和58年5月27日民集4巻477号)であるので、適切とは言えない。
3番目に正答率が低かったのが、問題4であり、35.4%であった。25.2%が選択肢ウと選択肢オが正しいとする4を選んでいた。選択肢アは、共同保証の場合、各保証契約の締結の先後を問わず、いずれの保証人に対しても保証債務の履行請求をなしうるので誤り。選択肢イは、共同抵当の同時配当の場合は各不動産の価額に応じて負担が分けられる(民法392条1項)ので誤り。選択肢ウは、共同保証では分別の利益(民法456条)が認められているので誤り。いずれも、条文を理解していれば簡単に解ける問題である。保証と物上保証の効果のどこが同じで、どこが異なっているかについては最近議論されることが多いが、共同抵当と共同保証にも類似点と相違点がある。別個の制度のように見えるものでも、共通の基礎を持つものがかなりある。これらを発見してうまく整理すれば、知識の立体化と省スペース化を実現することができる。
問題6の正答率は43.9%であるが、選択肢イと選択肢ウの組み合わせからなる3を選んだ者が29.8%いた。正解の1が選択肢アと選択肢ウの組み合わせであるから、選択肢アと選択肢イのいずれが相殺の主張ができ、いずれができないかの判断にかかっている。選択肢アは、Aは乙債権の期限の利益を放棄することによって(民法136条2項)、相殺適状にすることができるので、相殺を主張することができる。選択肢イは、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は、抵当不動産の賃借人は、抵当権設定登記後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって抵当権者に対抗することはできないとするのが判例(最判平成13年3月13日民集55巻2号363頁)である。
問題3と問題9はいずれも正しいものを1つ選べという設問であったにもかかわらず、正答率はそれぞれ43.0%と41.6%と、ともに半分以下であった。
問題3では、学生Eの発言を正しいとした者が29.3%もいた。代金支払時に所有権が移転すると考えると、代金未払いの買主は所有権を有さず、転得者は買主から譲り受けた契約上の所有権移転請求権・引渡請求権を行使するしかない。売主はこれに対して契約上の抗弁権を行使することができるので、学生Eの発言は誤りである。対話形式という出題形式にまどわされないで、冷静に判断しよう。
問題9では、他の誤った選択肢を選んだ者はほぼ分散している。親族法では、条文に基づく基本的知識や制度趣旨の理解が問われることが多い。
■刑事訴訟法
受験者4419名の平均点は3.261点であり、3点を中心として0点から6点あたりに山型が形成される結果となった。そのため、一応の水準に達していると想定される6点以上の得点者が累計で全体の7.6%にとどまり、5点以上であっても20.5%にとどまった。
以下、正答率が不振だったものについて講評する。問題8は、自白に関する条文の理解や判例の知識を問うものであるが、正答率は11.2%にとどまった。誤った選択肢を指摘するものであるが、自白調書について任意性に疑いがない場合には特信情況の有無を問わず証拠能力があるとする選択肢を誤りとした者が55.6%にも達した。特信情況が要求されるのは、不利益な事実の承認を内容とするもの(自白調書もこれに当たる)以外の場合である。刑事訴訟法322条1項を確認されたい。問題4は、憲法の定める刑事手続上の人権保障の条項と刑事訴訟法の定める権利や手続について、基本的な理解を問うものである。正答率は、14.5%にとどまった。憲法34条前段は弁護人から援助を受ける機会を実質的に保障しているとの記述、必要的弁護制度は憲法37条3項の保障を具体化したものだという記述の両者を正しいとした者が50.0%にのぼった。いかなる被告事件を必要的弁護事件とすべきかは専ら刑事訴訟法によって決すべきものであるとする判例や、旧刑事訴訟法でも必要的弁護制度があった立法上の経緯からして、後者は正しくない。問題6は、証拠開示に関する判例の基本的な理解を問うものであるが、正答率は17.2%であった。弁護人には一定の検察官手持ち証拠について閲覧請求権があるとする記述、証拠開示命令を求める弁護人は具体的必要性を示して一定の証拠について開示命令を求めなければならないとの記述の両者が正しいとした者が66.6%にものぼった。判例上、証拠開示命令は裁判所の訴訟指揮権という職権の発動によるものとされており、一方当事者である弁護人に相手方の証拠を閲覧する権利が認められているわけではないから、後者は誤りである。問題5は、公訴事実の同一性に関する理解を問うものであるが、正答率は20.8%であった。3つの記述の組み合わせ問題であるが、収賄と贈賄の訴因間では一定の事項が共通でも公訴事実の同一性なし(誤りである)、論理的に非両立の訴因間には公訴事実の同一性あり(誤りである)、併合罪の関係にある訴因間には公訴事実の同一性なし(正しい)とするもののうち、誤・正・正と判断した者が28.8%、正・誤・誤と判断した者が24.1%いた。なお、論理的に非両立であることと、訴因間に基本的事実の同一性があることとは直結しないので、前者の基準を充足することですべての場合に公訴事実の同一性を肯認できるわけではない。問題3は、逮捕・勾留に関して、逮捕前置主義、再逮捕・再勾留、一罪一勾留の原則、事件単位の原則、逮捕に対する不服申立ての内容を問うものであるが、正答率は24.4%であった。誤りを選択する設問であるが、窃盗で勾留中の被疑者について同種余罪の取調べが勾留延長の理由になるとする選択肢を誤りとする者が43.6%にのぼった。この場合、勾留事実についての起訴・不起訴の処分決定に必要な捜査だということが問題文中に示されており、事例について適切な読み込みをすることが必要だと思われる。
これら以外の設問についての正答率は、それぞれ次のような状況であった。問題2が27.0%、問題9が30.7%、問題7が45.5%、問題10が56.3%、問題1が78.5%である。条文の確認を日常的にしていれば正否の判断を誤らないはずの選択肢、あるいは判例の細かな文言ではなく当該判例の基本的な位置づけができていれば同じく判断を誤らないはずの選択肢について、誤答が多かったように思われる。既修者の場合、法科大学院への進学を念頭においているはずであるから、法科大学院における理論的かつ実践的な学習の基礎になるはずの基本的な事項を再度確認することが肝要だと思われる
■商法
商法の最高得点は9点、最低得点は0点で、平均点は4.43点であった。今回の既修者試験における商法の得点分布をみるときれいな山ができている。これは得点状況からは出題として成功しているといえるであろう。しかし、個別にみると、問題によって正解率が非常に異なる。ここでは委員会等設置会社という改正が関連した問題5、問題8の正解率が最も低い。あとは多少細かい設問と思われる問題2、問題3がやや低いという結果であった。2級試験ではつねに正解率が低い商行為や手形の問題9と問題10はそれぞれ正解率52.9と60.2であった。
このことからわかることは、既修者はその勉強した時になかった新しい改正法に不勉強であったということであろう。今後は改正法の勉強をしてほしい。そのような改正問題について得点ができれば、平均点があと2点は上がると思われる。とすると、難易度は適切であったと考える。大変よく勉強している既修者に、多少細かいという設問も複数入れておくことは必要であろう。それによって得点分布がきれいな形になる。
■行政法
行政法の平均点は3.692点である。全科目中第4位の点であるが、民事訴訟法、刑事訴訟法に次いで悪い出来であった。昨年の平均点が5.621点で刑法に次いで全科目中第2位の成績であったから、急激な落ち込みと言わなければならない。以下少しその原因を探ってみよう。
まず第1に、問題7の極端な不出来が大きい。正答率はわずか7.94%である。しかも、全体として優秀な成績を収めた者ですら、この問いにはずいぶんと手こずっている。選択肢の2を選んだ者が多かったが、行政不服審査法をよく読んでいれば、事実行為については「撤廃」という語が用いられている(40条4項)ことに思い至るはずである。条文をきちんと読むという法律学学習の最も基本的な部分がなおざりになっているのではないか。
次ぎに出来のよくないのが問題8である。正答率は28.47%であった。ここで問われているのは取消訴訟の対象性で、行政救済法の問題としては基本中の基本である。成績上位者では半数強の者が正答しているが、半数程度しか正答できないのでは無念遣る方ない。選択肢で取り上げられているのは重要判例ばかりである。正解肢である3の判例などは「阿倍野再開発事件判決」として直ちに脳裡に浮かぶようにしておいてほしい。
そのほか問題1、問題2、問題4、問題6、問題9、そして問題10と軒並み正答率30%台である。しかし、いずれの問題についても、成績上位者に限ってみれば多くの者が正答しており、しっかり勉強している者にとってはそれほど難問ではなかったものと思われる。問題2などは、効果裁量という概念を知っていれば正解の目星がついてしまう問題であるが、成績上位者の正答率と下位者のそれとの間には歴然とした差が見られる。教科書をしっかり読み込んでいるかどうかの違いであろう。教科書と六法を中心とした地道な学習こそが成績向上のための王道である。