平成15年度の法学既修者試験は11月16日(日)に実施いたしましたが、受験者の方からのご要望により、「講評」を掲載することといたしました。
未掲載の科目につきましても、順次掲載いたします。
試験問題の解説につきましては『2004年法学検定試験2級・法学既修者試験過去問題集』(2004年3月上旬刊行予定)に収録いたしますのでご参照ください。
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■憲法 講評
憲法は、10点満点で平均点は約4.8点であった。「法学既修者」とは、法科大学院での1年次配当法律基本科目について十分な知識があると認定される者である、ということを意識した問題を作成したことから、最も早くから勉強しているはずの憲法にしては平均点が低かったものと思われる。ただ、租税法律主義についての裁判所の判断を尋ねる問題8が80%以上の正答率であり、さらに4つの問題の正答率が50%代後半から60%代前半であることからして、受験者はかなりのレベルを示したように思われる。
ただ、第3問の正答率が8.8%と極端に低かった。第3問は、憲法事件において憲法問題がどのような経緯で争われたかについての正確な理解を問うものである。選択肢3(第1次家永教科書訴訟)と5(奈良県ため池条例事件)を選んでいる解答が比較的多かった。3次にわたる家永教科書訴訟の区別(1次、3次が国家賠償請求訴訟で、2次が取消訴訟)を尋ねるのは酷かもしれないが、「法学既修者」には、これほど著名な憲法訴訟については正確に知っておいてほしいものである。『憲法判例百選』などで憲法判例を読むときには、どうしても紹介されている判旨部分だけに注目しがちだが、どのような経緯で当該憲法問題が争われているのか、憲法判断の部分が判決全体のなかでどのような位置を占めるのかに注意してもらいたいものである。この問題は、出題者側のそうした憲法学習のあり方についてのメッセージが込められた知識問題である。
最高裁判決の対応関係を問う問題である第5問も正答率が24.2%と低かった。これは、「法学既修者」であるためには、このような最高裁判決の対応関係についても理解があることが必要であろうと考え出題したものである。ただ、この問題は、全農林警職法事件判決が全司法仙台事件判決を判例変更したことを知っていれば正解に到達できる平易なものであった。にもかかわらず、正答率が低かったのは、問題の形式に幻惑されてしまったのか、それとも、都教組事件判決は知っていても同日下された全司法仙台事件判決は知らない人が多かったのであろうか。
問題2の正答率も29.3%と低かった。これは、プライバシーの権利についての3つの定義の意味、最高裁判決との関係を問うものであり、一見すると難問風である。しかし、京都府学連事件判決が、憲法13条の「個人の私生活上の自由」の1つとして、「肖像権と称するかどうかは別として」、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を認めたこと、また、中京区前科照会事件判決が実は「プライバシー」や「プライバシーの権利」に言及していない(「プライバシー」に言及しているのは伊藤正己裁判官の補足意見)ことを知っていれば、誤った選択肢の組み合わせはすぐ明らかになる。それゆえ、本問は、プライバシーの権利にかかわる最高裁判決をある程度正確に押えていれば正解に到達できる問題なのである。
以上、憲法について「既修者」であるためには、憲法に関する重要な最高裁判決について判決に至る経緯や判示内容を正確に理解しておくことが必要だということを強調しておきたい。
■民法 講評
はじめての法学既修者試験であったが、出題方針と難易度は基本的に2級と同様である。ただし、2級が民法学習の到達度を評価するという色彩が強いのに対して、既修者試験が法科大学院入学のための選抜試験であるということから、学習の度合に応じて受験者間でより差のつくタイプの設問が多く選ばれているという違いがあろう。
受験者は6320人であり、平均点は10点満点で4.7点と、2級民法の平均点と比べて1.3ポイント高い。正解率についても、問題1、2、6、7、10の5問は50%を上回っている。正解率が3分の1を切ったのは、問題5のみであった。満点者は0.9%であり、こちらについても2級民法の倍以上である。さらに、2級と共通して出題された3問(問題2、問題7、問題9)の正解率はいずれも既修者試験受験者のほうが10ポイントほど高い。これらのことは、従来2級民法を受けていなかったハイレベルの学習者が数多く既修者試験を受験していることを意味している。受験者の得点分布は、4点を頂点としたきれいな山型を描いており、受験者の能力を計るのに適切な問題であったことを示している。
以下、正解率の低かったいくつかの問題についてとりあげる。 正しいものを1つ選べという形式であったにもかかわらず、正解率が15%と極端に低かったのが問題5である。実に、43.8%が選択肢1を選んでいる。判例は、相続放棄については、身分行為として詐害行為取消しの対象とはならないとするが(最判昭49・9・20民集28・6・1202)、遺産分割協議については、遺産分割の移転主義を前提に、純粋な財産行為として詐害行為取消権行使の対象となりうるとしている(最判平11・6・11民集53・5・898)。強制執行逃れのような特殊な場合にのみ詐害行為取消権の行使が限定されているわけではない。選択肢2は、いわゆる「取消しの相対効」からの帰結であり、正しい。最近の最判平13・11・16判時1810・57は、商標権の譲渡行為が取り消された事案について、「詐害行為の取消しの効果は相対的であり、…債務者との関係では当該法律行為は依然として有効に存在するのであって、当該法律行為が詐害行為として取り消された場合であっても、債務者は、受益者に対して、当該法律行為によって目的財産が受益者に移転していることを否定することはできない」として、受益者が第三者から得た使用許諾料について、債務者・受益者間に不当利得返還請求権が発生することはないので、債権者の代位も認められないと述べている。
2番目に正解率の低かったのがやはり正しいものを1つ選べという問題3であり、38.2%である。誤りの選択肢4を選んだ者が30.7%もいた。遺産分割後の第三者については、判例・多数説は、登記必要説をとっている(最判昭42・1・20民集21・1・16)が、Cは共同相続における持分についてはDに登記なくして権利を主張することができるため(最判昭38・2・22民集17・1・235参照)、設問のような場合には、甲不動産はCDの共有となる。選択肢5は、相続させる旨の遺言による不動産の取得と第三者への対抗の問題についての最近の判例(最判平14・6・10家月55・1・77)の立場であり、登記不要説をとっている。
問題9では、正解である選択肢4(すなわち、選択肢ウオ)を選んだ者が42.2%であり、誤りである選択肢2(すなわち、選択肢アウ)を選んだ者が41.2%とほぼ同数いた。労災事故において債務不履行責任を追及する場合には、債務者たる使用者の安全配慮義務の内容を債権者たる被用者の側で主張・立証しなければならないので、アは債務不履行責任にもあてはまる。 問題8の正解率は45.5%である。判例は契約責任・債務不履行責任を拡張する傾向にあるが、それとて限界がある。
正しいものを1つを選べという形式であるにもかからず、問題4の正解率は46.1%と半数以下であった。法定地上権は条文が1つ(民388条)だけであるにもかかわらず、さまざまな論点について多くの判例法理が形成されているので、制度趣旨を踏まえたうえで十分に理解しておこう。
誤答率の高かった問題5の選択肢1にせよ、問題3にせよ、相続の遺産分割が論点になっている。家族法はあまり試験にでないとみて軽視している受験生が多いが、遺産分割は半分以上は財産法の物権変動の話しでもあるので、手を抜かないできちんと理解しておこう。
■刑法 講評
法学既修者試験においては、法科大学院の標準的カリキュラムの1年次における「刑法」を学修したと認めうる程度の専門的知識および法的思考力を身に付けているかどうかが試される。今回の試験では、刑法総論と各論についての正確な理解を試す問題が出題されたが、難易度は法学検定試験3級とほぼ同程度であった。平均点は10点満点で7.106点と高く、すべての科目を通じて最も高いものであった。出題する側としては、法学未修者が1年間で到達できるレベルを想定したのであるが、受験者の平均的水準がそれをかなり上回るものであったということであろう。受験者(6320人)のうちで、8点以上の得点をとった人が45.1%(2850人)、9点以上をとった人が24.5%(1549人)もいた。満点をとった受験者が7.6%(479人)もいる。
正答率がもっとも低かったのは、問題4であった(41.38%)。問題4は、未遂犯に関する基本的理解を問うものである。受験者は選択肢1を選ぶか、それとも選択肢4を選ぶかで迷ったようである。それは、小問アにつき未遂が処罰される犯罪が住居侵入罪か、それとも名誉毀損罪かで迷ったということである。ただ、この問題は条文を暗記しているかどうかを試すものではない。刑法各論の学習の過程で、住居侵入罪(および不退去罪)の実行の着手時期をめぐって議論があること、また、名誉毀損罪については未遂の開始時期をめぐって議論がないことを思い出せれば、解答は可能であろう。
■刑事訴訟法 講評
既修者試験・刑事訴訟法の受験者数は6320人で、10点満点。平均点は約4.5点であった。5問以上正解者が約50%を占め、満点者は28名(0.4%)である。出題のレベルは、前年の法学検定2級試験よりやや難しいレベルに設定したが、共通問題を含む2級試験よりは平均点が高く、受験者に対して概ね妥当な水準の問題であったと思われる(2級試験の平均点は3.3点でかなり悪かった)。
問題1(令状主義)、問題2(別件逮捕に関する本件基準説)、問題6(共同正犯の訴因の変更要否基準に関する最高裁判例)、問題8(被告人と証人との対比)、問題10(形式裁判の種類と効力)は2級試験と共通問題であった。その他は、問題3(勾留に関する諸問題)、問題4(捜索・差押えの実行に関する最高裁判例)、問題5(余罪捜査と接見指定に関する最高裁判例)、問題7(公訴提起による公訴時効の停止)、問題9(共犯者の自白と補強証拠の要否)が出題された。いずれも刑事訴訟制度の基本部分や学説に関する基礎的知識とその理解が十分であるかを問う趣旨の出題であり、題材とされた最高裁判例も基本書などで必ずとりあげられる重要なものである。法科大学院既修者として恥ずかしくないためには、全問正解できることが望ましい。成績がふるわなかった受験者は、法科大学院入学前に、基本書の慎重な読解による正確な知識の修得が望まれる。
■行政法 講評
行政法の平均点は5.621点で、刑法に次いで全科目中第2位の点であった。刑法以外の科目と比べると、若干甘い出題であったようにも見える。しかし、得点分布を見ると、行政法の受験者約5000名のうち、1000名強の者が5点を、またほぼ同数の者が6点をとっており、このあたりを頂点として綺麗な山型のカーブを描いている。この結果であれば、今回の行政法の出題は難易度において適切であったと評価して差し支えないと思う。
いちばん出来がよくなかったのは問題6で、正答率は9.97%というきわめて低い数字であった。この結果はまったく予想していなかった。情報公開法が行政法の学習事項であるという認識がまだ薄いのであろうか。しかし、現在では入門的な教科書にも情報公開に関する記述が盛り込まれているのであるから、必ず条文と照らし合わせながら通読するようにしてほしい。つぎに、問題6ほどではないが、問題2も正答率約20%で芳しい出来ではない。けれども、この問題に関しては、総得点で高い点数をとった者の多くが正解しているので、むしろこれによって行政法の基礎理論を正確に理解しているかどうかが試されると言ってよいであろう。正答率およそ33%の問題3についても同様である。
幾分か期待外れなのが問題7で、正答率およそ45%である。悪い出来とも言えないが、行政不服審査法の条文をしっかり読み込んでいれば簡単にわかる問題であるから、正解者がもっと多くてもおかしくはない。それに比べて、問題10が90%を超える正答率を示したのはまったく意外であった。この問題は条文の読み込みだけで解けるものではなく、行政訴訟に関して相当深い理解を求めているからである。この数字が受験者の努力の成果を示すものであれば喜ばしいが、それならば問題7のような基本的な問題を軽く正答してほしいものである。